現在、学校の先生として活躍していらっしゃる元陸上長距離アスリートのAさん(プライバシー保護のため匿名とさせていただきます)にロングインタビューをさせていただきました。約10年間の競技生活でのご経験と、経験を基にご尽力されている現在のお話、そして女性アスリートの健康やサポートに関してのお考えをお聞きしました。
後編は、Aさんに今までを振り返って感じたことや、アスリートへのサポート体制に対する考えやメッセージをいただきました。前編はこちらから。
Q. これまでの経験を振り返り、ここでなら食い止められていたと思うタイミングはありますか?またその時にどのような対応だったらよかったと思いますか?
大学1年生の冬のハーフマラソンが終わって怪我が長引いていた時に、コーチからもう少し温かい声かけがあったり、怪我をしている選手たちに向き合ってくれていたらと思いますね。
対応については、怪我をしている選手がチームの一員ではないというような組織の考え方を、根本的になくしてほしいとずっと思っていました。走れている人が偉くて、走れない人はその下にいるみたいな考え方をコーチが持つと、それが言葉や態度に表れて、選手たちも影響を受けてしまいます。私が怪我をしてから少しずつ走れるようになった時にも、怪我をしている選手に声をかけると、他の走れている選手から「なんで怪我人に声かけるの?」みたいな雰囲気を出され声をかけにくい状態がありました。でも、『選手同士が支え合わなくてどうするの?』と思っていたので、選手たち自身も早く治すためにこういうケアの方法があるよとか、メンタルをサポートするような声掛けがあるだけでだいぶ違ったのではないかなと思います。あとは、専門的な知識のある医者から、これくらいは休むようにと言われれば従おうと思うので、病院に行かせて欲しかったです。
Q. 同じ状況の選手がいると仮定した場合、どうしたら防げると思いますか?
コーチが変わるか、その子が環境を変えるかのどちらかだと思います。他のチームがどうかはわかりませんが、『コーチが絶対、大人が絶対』な部分があるのではないかなと思います。選手たちはすごくエネルギーがあれば声を上げることができるかもしれないですが、例えばレギュラーで大会に出場出来なくなるというようなリスクを考えると、そこまで出来ない人がほとんどだと思います。私もエネルギーがあった方で、声を上げるようにはしていましたが、それでもしんどかったです。
選手が競技を続けるために身をひくというのは違うと思うんです。コーチや監督が異動すれば状況が変わるということもあるかと思いますが、結局、異動先で同じことが繰り返されてしまうので、根本的に変わる必要があると思います。研修とかがあったらいいけど、そういうコーチ・監督は変わるのかな?という疑問もあります。
研修はした方がいいと思いますが、全体向けに一般的な研修をするというより、具体的な事例を交えながらコーチ一人一人が『自分のこと』として受け止められるような工夫や制度が必要だと思います。強豪校のコーチなどの場合、長年やってきたやり方をいきなり変えるということは、現状なかなか難しいと思います。国で制度を作るとか、外部から調査が入るような形で、明確に『こうしなくてはならない』というような基準みたいなものがあるといいかもしれないですね。
例えば私の学校では、学内の別の部活の教員が、他部活の現状を確認して把握するような機会を作るようになってきています。そのような機会があれば生徒や部活の状態を色々な人が把握出来ますし、生徒もコーチや顧問の先生以外に頼ることが出来やすくなるかと思うので、いいのではないでしょうか。
Q. 競技をしていた時に、どのようなサポートがありましたか、また、あったらよかったと思いますか?
大学では、話を聞いてくれる先生がいてくれたのがすごく大きかったと思います。あとはカウンセリングルームが無料で使えたのが学生的にはよかったです。精神科に通うとすごく費用がかかってしまうので。アスレティックトレーナーの方は寮に来てくださったり、リハビリのサポートをしてくださったり、一緒に話をしたりしていました。カウンセリングルームで話を聞いてくださるカウンセラーの方も自分に合っていたのでよかったですね。
大学生の時は、アスレティックトレーナーの方がいてくれたことで心の支えにはなっていましたが、それで何かが変わったのかというと厳しい状態でしたね。実際は立場が上のコーチや他の方の意見が通りやすいということがあったと思います。私の場合、一番身近でずっと一緒にいるチーム内のメンバーたちが偏った考え方をしていたから、サポートをしてくれる人、話を聞いてくれる人がもう少しいたらよかったのかなと思います。病院も制度上仕方がないのは理解出来るのですが、時間が来たら終わりというか、薬を処方してもらって終わりで根本的な解決にはならなかったかなと感じました。もう少し味方が欲しかったですね。一人で戦っているような孤独感がありました。
Q. Aさんが経験されてきたことは、女性だけの問題として捉えて良いのでしょうか?
絶対に女性だけの問題ではないと思います。私は、むしろ男性の監督だったら、女性の身体のこととか、女性ほど分からないから多少気を遣ってくれるのではないか、という期待があります。女性の監督だからこそ、同じように経験をしていて、「自分も大丈夫だったから、あなたもいけるでしょ」ということを言われたりしましたね。月経がこないというような問題も、その人の身体や色々な問題があった上で、女性には特有に生じるというだけで、男女とも根本的な問題はそれほど変わらないと思います。男性は症状が月経のように現れないから、身体からの『まずい』というサインがなくて大変かもしれないですね。結局、最終決定はチームを取りまとめている大人たちなので、そこが変わらなければ変わらないと思います。
Q. つらい経験だったと思いますが、その中でもし良かったことがあれば教えてください。
良かったことは、メンタルが強くなったことですかね。並大抵のことでは崩れないと思います。あとは、自分が教員になったという面では活かせるなと思います。こういう指導をしたら、子どもたちはどういう気持ちになるかということを深く考えられるというか。自分自身が今までコーチにされて嫌だったことや、こういう風にしてくれたらいいのにと思っていた願望があったから、自分が教える立場になって競技を楽しみながら結果も出せるようなサポートがしたいとすごく強く思っています。こういう言い方をしたら傷つくだろうとか、言葉尻や指示の出し方をすごく意識するようになりました。あとは一人一人に寄り添えるように、自分があったらよかったと思っていた声掛けをし、いいと思ったことはたくさん口に出すようにしています。褒めて伸ばそうという方針に切り替えていますね。自分の経験がなかったら、あまり考えずに人と接していたかもしれないです。
Q. 過去のご自身へのメッセージと、今競技をしている選手たちへのメッセージをお願いします。
過去の自分へは、環境を変えた方がいいよと言います。当時、病院の先生からも同じアドバイスはもらっていて、自分ひとりで走って指導者を別につけたり、ランニングチームを変えてみるなど環境を変えることを勧められていました。しかし、大学に所属していたので、ランニングチームを変えるとなると、駅伝や競技会に出ることが難しくなるため、現実的に考えられませんでした。また、他の人の目を気にしたり、親との関係が悪くなるのも嫌でしたし、環境を変えたとしても、その先のことなど分からないことも多く、漠然と不安が大きかったため、その選択肢を選べませんでした。チームを離れることによって心も身体も安定した状態で長く競技を続けられるという見通しが持てていたら、安心して別の選択肢を選ぶこともできたのかもしれません。他にも、チームの中にはもちろん自分と意見が合わない人もいると思うので、全員に好かれようと思わなくても、割り切っていいのかなと今では思います。
今競技をしている人たちには、無理するなよと伝えたいです。そういう風に自分も言われていましたが、当時は実際に自分の経験がないから今ひとつ分からず、無理をしなきゃいけない環境でしたし、正論を言われてもな…と思っていました。結局、競技を引退したらアスリートではなく人間なので、競技を終わった後のことまで考えなよって言いたいです。小、中学校のレベルではそこまでいかないにしても、高校生、大学生になって身体を痛めつけてまでやると、あとに長引きますから。私も競技を引退して3年ほど経ちますが、今でも鬱の症状が残っていたり、過食をしてしまったりということがあるので、無理はしないようにと伝えたいです。